「なぜ仕事ができない管理職が生まれてしまうのか?」
結論1:「ピーターの法則」を知らないから 結論2:「めんどくさい」から逃げてきたから
この結論を解説する前に、まずは転職サイト、転職エージェント、転職・キャリアのQ&Aメディアが行った4つのアンケートを紹介します。
1:株式会社マイナビ「マイナビ転職動向調査2023年版(2022年調査)」 複数回答可 / 調査対象:20~49歳の正社員500名 ・無能だと思う上司の割合:24.4%(約122名) ・管理職、上司の指示や説明が曖昧:46.3%(約231名) ・コミュニケーション能力が低い:44.5%(約222名) ・仕事の能力が低い:39.9%(約199名) ・リーダーシップがない:38.1%(約190名)
2:株式会社ライボ(Job総研)「2022年、職場の上司に関する調査」 複数回答可 / 調査対象:全国の20~50代の社会人467名 ・「自分が上司になったときにマネしたくない言動や行動」の第1位が「説明や指示が分かりにくい」で50.0%(約233名)
3:株式会社キッカケクリエイション「ITエンジニアの上司評価に関する実態調査」(2025年) 複数回答可 / 調査対象:直属の上司がいるITエンジニア431名 ・「要件(指示)があいまいな上司」にがっかりしているエンジニアが約40%(約172名)
4:エン・ジャパン株式会社(「エン転職」)「困った上司に関する調査」(2019年) 調査対象:「エン転職」を利用する20代以上のユーザー11,286名 ・困った上司の特徴、第3位が「指示が曖昧」で55%(約6,207名)
これら4つのアンケート調査の対象者を合計した12,684名中、なんと過半数の 6,843名(53.9%) が「上司、管理職の説明や指示が曖昧、分かりにくい」と回答しています。
なぜ、これほどまでに仕事ができない管理職が生まれてしまうのでしょうか。
悲劇の元凶「ピーターの法則」
ピーターの法則とは、カナダ生まれの教育学者・社会学者であるローレンス・ジョンストン・ピーター博士が、1969年に作家のレイモンド・ハルと共に書いた著書の中で提唱した法則です。
ピーター博士は元々学校の先生(教師)でした。彼は「子供に教えるのが上手い教師が教頭や校長に昇進した途端、書類仕事や教師たちのマネジメントができず、無能な管理職になってしまうのはなぜだ?」という疑問をもっていました。
そこから導き出されたのが、「優秀なプレイヤーが評価されて管理職に昇進するが、管理職としては無能なため、結果として仕事ができない管理職が生まれてしまう」という法則です。
例:営業部で誰よりも商品を売るエース(有能)がいたとします。 会社は彼を評価し、「課長」に昇進させます。しかし、「自分が商品を売る」のと、「他人に定義を与え、チームを動かす(マネジメント)」のでは、野球とサッカーくらい全くの別物です。
別の競技のルール(マネジメントの基礎)を教わらないまま、いきなり監督にされたエースは、自分で売ることはできても、部下に的確な指示(定義)を出すことはできません。結果、部下からは「指示が曖昧だ」「無能だ」と呆れられ、彼は「有能なプレイヤー」から「仕事ができない管理職」へと成り下がってしまうのです。
日本の会社は一度上げた役職を簡単には下げません。「かつて有能だったが、今は無能になってしまった管理職」がそのポジションに滞留し、組織をダメにしてしまう。これが「ピーターの法則」の恐ろしい正体です。
「ピーターの法則」への2つの具体的対策
この法則を知り、対策をすれば「仕事ができない管理職」が生まれる確率は下がります。具体的な対策方法は以下の2つです。
対策1:デュアル・キャリアパス
現場で卓越した成果を出した人が、必ずしも「部下の育成や調整」を行う管理職にならなくて済む仕組みです。スペシャリスト(専門職)として昇進しても、管理職と同等の給与や権限が与えられます。「名プレイヤー」を無理に無能な監督にせず、その専門性を活かし続けさせることができます。
デュアル・キャリアパス(専門職制度)を導入している企業
「マネージャー路線(管理職)」と「プロフェッショナル路線(専門職)」の2つの道を用意し、「マネジメントをやらなくても、専門スキルを極めれば部長や役員と同じ給料がもらえる」というシステムです。現在、名だたる企業がこぞって導入しています。
① IT・メガベンチャー企業(エンジニアを守るため) サイバーエージェント、DeNA、メルカリなど。 特徴:「技術力は天才的だが、マネジメントには興味がない(あるいは向いていない)エンジニア」をピーターの法則から守るため、いち早く導入しました。コードを書き続ける「スペシャリスト」の道を選んでも、年収1000万〜数千万円を目指せる明確な等級制度(ラダー)が定義されています。
② 伝統的な日本の大企業(若手エースの流出を防ぐため) 最近では、「年功序列」や「管理職にならないと給料が上がらない」という古い日本のシステムを壊し、日本の大手メーカーもこの制度を次々と導入しています。
・ソニーグループ株式会社 早くから「ジョブ型人事制度」へ移行し、マネジメント職とは別に、高い専門性を持つ人材を評価する制度を整えています。 ・パナソニックグループ 「高度専門職制度」を導入し、「マネージャーにならずとも、技術のイノベーションで会社に貢献すればしっかり報いる」という新しいキャリアパスを提示しています。 ・NEC(日本電気株式会社) エンジニアが技術を磨き続けられるよう「専門職制度」を導入し、ピーターの法則の罠にはまらない組織作りを進めています。
対策2:プロジェクト・オキシゲン
プロジェクト・オキシゲンは、Googleが「自社に管理職は本当に必要なのか?」を検証するために2008年から開始した社内調査プロジェクトです。調査の結果、「優れた上司がいるチームは離職率が低く生産性が高い」ことが判明しました。
《Googleが定義する優秀なマネージャーの10の要件》
- 良いコーチである
- チームをエンパワーし、マイクロマネジメントをしない
- インクルーシブ(包括的)なチーム環境を作り、成功と健康(ウェルビーイング)を気遣う
- 生産性が高く、結果にフォーカスする
- 良いコミュニケーターであり、情報を共有し、人の話をよく聞く
- キャリア開発をサポートし、パフォーマンスについて話し合う
- チームのための明確なビジョンや戦略を持っている
- チームをアドバイスするための重要な専門的スキルを持っている
- 部門を超えて(会社全体で)コラボレーションを行う
- 力強い意思決定者である
Googleが導き出した「マネージャーには専門スキル(8位)より、コーチングや1on1の対話スキルが必要だ」というエッセンス(哲学)を強烈に模倣し、自社にインストールして大成功した日本の企業があります。
・ヤフー(現:LINEヤフー株式会社) 取り組み:日本に「1on1ミーティング」の文化を根付かせた先駆者です。上司が部下を「管理・指示」するのではなく、Googleのプロジェクト・オキシゲン第1位である「コーチング」に特化し、部下の話を聴き、経験を引き出すための時間を週に1回、全社レベルで強制的に導入しました。
・株式会社メルカリ 取り組み:マネージャーの役割を「ピープルマネジメント(人の支援と成長)」に振り切っています。「マネージャーは偉いのではなく、役割である」と定義し、部下のエンパワーメントやキャリア支援に特化する文化を作りました。

Recipe #2 まとめ:なぜ仕事ができない管理職が生まれてしまうのか?
「ピーターの法則」を知り、「デュアル・キャリアパス」や「プロジェクト・オキシゲン」の仕組みを導入・模倣することで、「仕事ができない管理職」が生まれるのを阻止することは可能です。
しかし、「じゃあうちもメルカリみたいにデュアル・キャリアパスを入れよう」と表面的な制度だけをマネしても、絶対に失敗します。なぜなら、それらはあくまで「箱(フレームワーク)」に過ぎないからです。
自社なりの解像度で「仕事ができるとは何か」を定義し、魂を注入しなければ効果は薄いです。「うちの会社における『マネジメント能力』とは何か?」「そもそも『仕事ができる』とはどういう状態か?」を言語化するのは、脳に膨大な負荷がかかる、非常にめんどくさい作業です。
多くの企業は、この脳のカロリー消費から逃げているからこそ、ピーターの法則の罠にはまります。
実際にGoogleの哲学を模倣して「1on1」を徹底したヤフーや、デュアル・キャリアパスを導入してエンジニアを救済したソニー、パナソニックなどは、この罠から抜け出し、強い組織を作っています。彼らは「そもそも仕事ができるとはどういうことか?」という非常にめんどくさいことから逃げずに立ち向かったのです。
うちの会社におけるマネジメント能力とは何か。 そもそも仕事ができるとはどういう状態か。
この非常にめんどくさい作業から逃げずに、現場がその本質を「自分事」として腹落ちするレベルまで操作的定義を徹底しなければ、仕事ができない管理職が生まれるのを根底から阻止することはできません。
めんどくさい作業から逃げない姿勢こそが、ピーターの法則という構造的欠陥を打ち破る唯一の武器です。この泥臭いプロセスを厭わない企業にこそ、他社が決して模倣できない強固な競争優位性が宿るのです。

コメント