はじめての「経営戦略」 #3(5つのステップ)| Recipe #27

 経営学には8つのジャンル(分類)があります。そのうちの1つが「経営戦略」です。 そして経営戦略とは『「我々の事業は何か(誰にどんな価値を届けるか)」という不変の判断軸を固く共有し、そこへ到達するためのルートは、現場の試行錯誤の中から柔軟に見つけ出し、適応し続ける活動』です。要約すると、‟「うちの組織、これからどっちに向かって進むの?」という方向性を示すコンパス„です。

【経営学の8つのジャンル】

1.マーケティング (Marketing)‟ほったらかしでも売れる仕組みをつくる活動„                                        2.生産管理 (Production)‟いつでも商品がある状態を、ムダなくつくる活動„                                          3.ロジスティクス (Logistics)                                         4.財務・会計 (Accounting & Finance)                                     5.組織・人事管理 (Organization & HRM)‟人間の弱みを仕組みで補い、個人の能力(ポテンシャル)を引き出す活動„                              6.情報管理 (Information)                                          7.経営戦略 (Strategy)‟「うちの組織、これからどっちに向かって進むの?」という方向性を示すコンパス„                                            8.リーダーシップ (Leadership)

 Recipe #26では経営戦略の3つのレベル(階層)について書きました。Recipe #27は、その3つのレベル(階層)から構成される経営戦略がどのような過程で流れていくのかを5つのステップで解説します。

目次

2つの「5つのステップ」

【教科書(中小企業診断士試験)に載っている王道の5ステップ】

ステップ① 経営理念・ビジョンの設定     「なぜ我々はこの事業をやるのか?(存在意義)」「将来どうなりたいのか?(最終ゴール)」という、組織の『北極星』を定めるステップです。

ステップ② 環境分析(外部・内部)  SWOT分析や3C分析などを使い、市場のトレンドや競合の動き(外部環境)と、自社の強み・弱み(内部環境)を客観的に把握するステップです。

ステップ③ 経営戦略の策定(3つの階層) 分析結果をもとに、実際にコンパスの針を合わせます。ここで、Recipe 26で登場した「全社戦略 > 事業戦略 > 機能別戦略」という3つのコンパスが上から順に作られます。

ステップ④ 戦略の実行 作ったコンパスに従って組織体制を整え、予算や人員を投下して、実際に現場を動かすステップです。

ステップ⑤ 戦略の評価と統制 実行した結果を定期的に測定し、当初の目標とズレがあれば原因を分析して、戦略や行動計画(コンパスの向き)を修正・コントロールするステップです。

 この王道の5ステップは、ひとことで言えば「夢(ビジョン)から始まり、計画(PDCA)を回して終わる」という、非常にマクロで綺麗な全体像を描いています。 王道のステップは、大企業やお金に余裕がある会社なら綺麗に回るかもしれません。しかし、リソース(ヒト・モノ・カネ)が常に不足している中小企業や現場において、「夢(ビジョン)」からスタートする王道のステップは、現実的ではないように思えます。

【現実的な5つのステップ】

 ビジネスの実務にも精通する経営学者の笠原英一氏が、自身の著書の中で紹介している5つのステップを見ていきましょう。

ステップ① 経営資源と経営環境を把握する

 自社の経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報)と自社を取り巻く経営環境(お客様のニーズ、ウォンツ、競合他社の動き)を把握するステップ。

ステップ② 経営理念と成長目標を明確にする

 ステップ①で把握した自社の「経営資源」と「経営環境」を踏まえたうえで、経営理念(社会の誰かの役に立ち、必要とされること、アイデンティティ)や、中期的(3~5年)に達成しようとしている成長目標(売上や業界シェア)を確認するステップ。

※なぜ中期的かというと、「資源(ヒト・モノ・カネ)を動かして、実際に会社を変革できる現実的なタイムリミットが、一般的に3〜5年だから」です。短すぎても、長すぎても、戦略のコンパスは狂ってしまいます。

ステップ③ 事業領域と成長方向を決める

 経営理念や成長目標を実現するために、どういう領域で戦うのかと、自社の成長の方向性を具体的に考えるステップ。

■ どういう事業領域で戦うか

「どういう事業領域で戦うか」とはどういうことか? コンビニを例に説明します。

自社が認識している事業領域(小売業の狭い視点)の場合         「24時間営業している小型の小売業」                       【成長方向】 他のコンビニよりおにぎりの種類を増やす。                           

「コンセプト」として再定義した事業領域(価値提供の視点)の場合     「半径500m圏内の『生活の不便を解消する』タイムセービング(時間節約)業」         【成長方向】モノを売るだけでなく、ATMを置く、住民票を出せるようにする、宅配便を受け取れるようにする、淹れたてのコーヒーを出す。競合はもはや小売店ではなく、「銀行」「市役所」「カフェ」になります。               

コンセプトとは自分たちのビジネスを、単なる「〇〇業」という辞書的な言葉ではなく、顧客への「独自の提供価値(コンセプト)」として言語化するという意味です。

「うちはスーパーだ(食料品を売る店だ)」と狭い定義のままステップ④(資源配分)に進むと、経営資源(カネ・ヒト)はすべて「新しい店舗の建設」や「チラシの印刷」にしか配分されません。 しかし、「うちは『食の時短支援業』だ」と事業領域を定義し直せば、同じ資源(カネ・ヒト)を「お惣菜工場の強化」や「配達用アプリの開発」に配分するという、まったく違う戦略のコンパス(成長方向)が生まれます。「自分たちは一体、”何業”なのか?」 この事業領域(ドメイン)のコンパスを経営陣がどう設定するかで、現場の戦い方は180度変わるのです。

■ 成長方向とは?

 成長方向とは、「決めた戦場(事業領域)の中で、具体的にどっちへ陣地を広げていくか?(=攻め筋・矢印の向き)」のことです。先ほどのコンビニの例に繋げてみると、驚くほどスッキリと説明できます。

①自社の事業領域をコンセプトとして定義する。              例:「我々は『半径500m圏内のタイムセービング(時間節約)業』である!」

②次に、その戦場で「どっちへ陣地を広げるか(成長方向)」を決める。

  • 攻め筋A(製品開発的): 今の常連客に、別の「時短」も提供する。「いつも弁当を買うサラリーマンに、銀行に行かなくて済むようATMも使わせよう」
  • 攻め筋B(市場開発的): 今まで来ていなかった客に、「時短」を売る。「遠くまで買い物に行けない高齢者に向けて、移動販売や宅配サービスを始めよう」
  • 攻め筋C(多角化的): 全く新しい「時短」の仕組みを作る。「もはや店に来なくてもいいように、金融・決済サービスを立ち上げよう」

つまり、「我々はタイムセービング業だ!(事業領域)」とコンセプトを叫んだだけでは、現場はまだ「で、結局何をすればいいんですか?」と迷ってしまいます。「だから、今年は高齢者向けの宅配(新しい客)を狙うぞ!」とか、「だから、今年はATM(新しいサービス)を導入するぞ!」という具体的な矢印(成長方向)を示して初めて、現場のコンパスがカチッと定まるのです。 【事業領域 = どの土俵で戦うか】 + 【成長方向 = その土俵で、どう陣地を広げていくか】 この2つはセットになって初めて、現場が動ける意味のある戦略になります。

ステップ④ 経営資源を適切に配分する

 「経営資源を適切に配分する」というのは、「うちの会社はカネもヒトも限られているんだから、勝てない場所からはさっさと撤退して、勝てる場所で戦え」という「選択と集中」のことです。

しかし現実の職場では、「昔からやっている事業だから」「担当者がかわいそうだから」という情やしがらみが邪魔をして、この「撤退」の決断がなかなかできません。その結果、すべての部署に予算を薄く広くバラまく「平等主義のバグ」が発生します。

この感情論を排除し、極めて冷徹かつ合理的に「どこに資源を集中し、どこを切り捨てるか」を見極めるために生み出された最強のツールがあります。それが、ボストン・コンサルティング・グループが提唱した「BCGマトリクス(PPM)」です。

小売業(スーパー、コンビニ)のBCGマトリクス

BCGマトリクスは「スター」「問題児」「金のなる木」「負け犬」の4つからなります。

1. 金のなる木(市場成長は低いが、自社のシェア・強みは高い)

  安定した利益を生み出す「お財布」。ここにはこれ以上大きな投資(資源配分)はせず、稼いだ利益を他に回します。                               

【スーパー】の例: 昔からある「生鮮食品(肉・魚・野菜)」や「定番の調味料」コーナー。爆発的には伸びませんが、毎日確実にお金を落としてくれます。

2. スター(市場も成長しており、自社のシェア・強みも高い) 

 現在の花形。競合に勝つために、稼いだお金(資源)をガンガンつぎ込んで、将来の「金のなる木」に育て上げるべき領域です。                         

【スーパー】の例: 共働き世帯向けの「高品質なお惣菜」や「プライベートブランド(PB)商品」。利益率が高く、ここで他店に勝てば圧倒的な強みになります。

3. 問題児(市場は成長しているが、自社のシェア・強みは低い)

 伸びしろはあるが、現状は負けている領域。「金のなる木」で稼いだお金を一点集中で投資して「スター」に引き上げるか、諦めて撤退するかの2択を迫られます。       

【スーパー】の例: 「ネットスーパー」、いわゆるインターネットショッピング。市場は伸びていますが、Amazonや楽天などの強敵がいます。勝負に出るかどうかの分かれ道です。

4. 負け犬(市場も成長しておらず、自社のシェア・強みも低い)

 利益が出ない、あるいは赤字の領域。感情を捨てて「撤退(資源の引き揚げ)」を決断すべき場所です。

【スーパー】の例: 2階の端にある「衣料品コーナー」や「日用雑貨」。ユニクロやダイソーに完全に負けており、スペース(資源)の無駄遣いになっています。

【コンビニ】の例: 「雑誌・マンガコーナー」や「CD・DVDの販売」。スマホの普及で売れないため、ここの棚(スペースという資源)を削って、スターである「イートイン」や「コーヒー」のスペースに作り変えます。

「経営資源を適切に配分する」ことの重要性

 現場でこれが失敗する最大の理由は、「負け犬」から資源を剥がせないことにあります。「昔からある衣料品コーナーだから(しがらみ)」「雑誌を楽しみにしているおじいちゃんがいるから(情)」と、撤退の決断を先送りにしてしまう。その結果、本当に勝負すべき「問題児」や「スター」にヒト・モノ・カネが回らず、すべてが中途半端になります。

ステップ⑤ 配分された経営資源を事業ごとに展開し、経営資源を拡大する

 小売業におけるステップ⑤は、現場で得た「利益(カネ)」と「ノウハウ(情報)」を再投資し、お店の規模(量)と実力(質)を強化するステップです。

【量的拡大】規模を大きくする

  • カネ・モノ: 新店舗の出店、既存店の売り場拡大・改装
  • ヒト: 正社員やパート・アルバイトの新規採用と人員増強

【質的拡大】見えない強さを磨く

  • ヒト: 陳列・発注技術のマニュアル化、接客レベルの向上、店長育成
  • 情報: POSデータやアプリ購買履歴の蓄積と、精度の高い特売企画への活用
  • モノ: 販売力向上に伴う仕入れ交渉力の強化、独自商品(PB)の開発

■ 成長のスパイラル(①〜④への循環)

 このステップ⑤で大きく育った「潤沢な資金・優秀なスタッフ・蓄積されたデータ・強い商品力」を新たな武器として持ち、再びステップ①(次なる戦略目標の設定)へ戻ります。現場の経験と利益を次の成長の原資に変え、このサイクルを回し続けることで、企業としての圧倒的な競争力が作られます。

出典:笠原 英一著 「経営学のことが面白いほどわかる本」中経出版 2004

Recipe #27 まとめに代えて

 個人的には、ステップ④が1番大切だと思っています。

なぜなら、経営資源の適切な配分とは、要するに「選択と集中」のことだからです。「うちの会社はカネもヒトも限られているんだから、勝てない場所からはさっさと撤退して、勝てる場所で戦おう」。これが鉄則です。

よく「戦略とは、戦いを略すこと」と言われますよね。あれもこれもと手を出して疲弊するのではなく、やらないことを決めて無駄な戦いを省く。この決断ができるかどうかが、戦略の成否を分けるいちばんの鍵になります。

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