経営学には8つのジャンル(分類)があります。そのうちの1つが「経営戦略」です。 そして経営戦略とは『「我々の事業は何か(誰にどんな価値を届けるか)」という不変の判断軸を固く共有し、そこへ到達するためのルートは、現場の試行錯誤の中から柔軟に見つけ出し、適応し続ける活動』です。要約すると、‟「うちの組織、これからどっちに向かって進むの?」という方向性を示すコンパス„です。
【経営学の8つのジャンル】
1.マーケティング (Marketing)‟ほったらかしでも売れる仕組みをつくる活動„ 2.生産管理 (Production)‟いつでも商品がある状態を、ムダなくつくる活動„ 3.ロジスティクス (Logistics) 4.財務・会計 (Accounting & Finance) 5.組織・人事管理 (Organization & HRM)‟人間の弱みを仕組みで補い、個人の能力(ポテンシャル)を引き出す活動„ 6.情報管理 (Information) 7.経営戦略 (Strategy)‟「うちの組織、これからどっちに向かって進むの?」という方向性を示すコンパス„ 8.リーダーシップ (Leadership)
Recipe #26では経営戦略の3つのレベル(階層)について書きました。Recipe #27は、その3つのレベル(階層)から構成される経営戦略がどのような過程で流れていくのかを5つのステップで解説します。
2つの「5つのステップ」
【教科書(中小企業診断士試験)に載っている王道の5ステップ】
この王道の5ステップは、ひとことで言えば「夢(ビジョン)から始まり、計画(PDCA)を回して終わる」という、非常にマクロで綺麗な全体像を描いています。 王道のステップは、大企業やお金に余裕がある会社なら綺麗に回るかもしれません。しかし、リソース(ヒト・モノ・カネ)が常に不足している中小企業や現場において、「夢(ビジョン)」からスタートする王道のステップは、現実的ではないように思えます。
【現実的な5つのステップ】
ビジネスの実務にも精通する経営学者の笠原英一氏が、自身の著書の中で紹介している5つのステップを見ていきましょう。
ステップ① 経営資源と経営環境を把握する
ステップ② 経営理念と成長目標を明確にする
※なぜ中期的かというと、「資源(ヒト・モノ・カネ)を動かして、実際に会社を変革できる現実的なタイムリミットが、一般的に3〜5年だから」です。短すぎても、長すぎても、戦略のコンパスは狂ってしまいます。
ステップ③ 事業領域と成長方向を決める
■ どういう事業領域で戦うか
「どういう事業領域で戦うか」とはどういうことか? コンビニを例に説明します。
コンセプトとは自分たちのビジネスを、単なる「〇〇業」という辞書的な言葉ではなく、顧客への「独自の提供価値(コンセプト)」として言語化するという意味です。
「うちはスーパーだ(食料品を売る店だ)」と狭い定義のままステップ④(資源配分)に進むと、経営資源(カネ・ヒト)はすべて「新しい店舗の建設」や「チラシの印刷」にしか配分されません。 しかし、「うちは『食の時短支援業』だ」と事業領域を定義し直せば、同じ資源(カネ・ヒト)を「お惣菜工場の強化」や「配達用アプリの開発」に配分するという、まったく違う戦略のコンパス(成長方向)が生まれます。「自分たちは一体、”何業”なのか?」 この事業領域(ドメイン)のコンパスを経営陣がどう設定するかで、現場の戦い方は180度変わるのです。
■ 成長方向とは?
成長方向とは、「決めた戦場(事業領域)の中で、具体的にどっちへ陣地を広げていくか?(=攻め筋・矢印の向き)」のことです。先ほどのコンビニの例に繋げてみると、驚くほどスッキリと説明できます。
- 攻め筋A(製品開発的): 今の常連客に、別の「時短」も提供する。「いつも弁当を買うサラリーマンに、銀行に行かなくて済むようATMも使わせよう」
- 攻め筋B(市場開発的): 今まで来ていなかった客に、「時短」を売る。「遠くまで買い物に行けない高齢者に向けて、移動販売や宅配サービスを始めよう」
- 攻め筋C(多角化的): 全く新しい「時短」の仕組みを作る。「もはや店に来なくてもいいように、金融・決済サービスを立ち上げよう」
つまり、「我々はタイムセービング業だ!(事業領域)」とコンセプトを叫んだだけでは、現場はまだ「で、結局何をすればいいんですか?」と迷ってしまいます。「だから、今年は高齢者向けの宅配(新しい客)を狙うぞ!」とか、「だから、今年はATM(新しいサービス)を導入するぞ!」という具体的な矢印(成長方向)を示して初めて、現場のコンパスがカチッと定まるのです。 【事業領域 = どの土俵で戦うか】 + 【成長方向 = その土俵で、どう陣地を広げていくか】 この2つはセットになって初めて、現場が動ける意味のある戦略になります。
ステップ④ 経営資源を適切に配分する
しかし現実の職場では、「昔からやっている事業だから」「担当者がかわいそうだから」という情やしがらみが邪魔をして、この「撤退」の決断がなかなかできません。その結果、すべての部署に予算を薄く広くバラまく「平等主義のバグ」が発生します。
この感情論を排除し、極めて冷徹かつ合理的に「どこに資源を集中し、どこを切り捨てるか」を見極めるために生み出された最強のツールがあります。それが、ボストン・コンサルティング・グループが提唱した「BCGマトリクス(PPM)」です。
小売業(スーパー、コンビニ)のBCGマトリクス
BCGマトリクスは「スター」「問題児」「金のなる木」「負け犬」の4つからなります。
安定した利益を生み出す「お財布」。ここにはこれ以上大きな投資(資源配分)はせず、稼いだ利益を他に回します。
【スーパー】の例: 昔からある「生鮮食品(肉・魚・野菜)」や「定番の調味料」コーナー。爆発的には伸びませんが、毎日確実にお金を落としてくれます。
現在の花形。競合に勝つために、稼いだお金(資源)をガンガンつぎ込んで、将来の「金のなる木」に育て上げるべき領域です。
【スーパー】の例: 共働き世帯向けの「高品質なお惣菜」や「プライベートブランド(PB)商品」。利益率が高く、ここで他店に勝てば圧倒的な強みになります。
伸びしろはあるが、現状は負けている領域。「金のなる木」で稼いだお金を一点集中で投資して「スター」に引き上げるか、諦めて撤退するかの2択を迫られます。
【スーパー】の例: 「ネットスーパー」、いわゆるインターネットショッピング。市場は伸びていますが、Amazonや楽天などの強敵がいます。勝負に出るかどうかの分かれ道です。
利益が出ない、あるいは赤字の領域。感情を捨てて「撤退(資源の引き揚げ)」を決断すべき場所です。
【スーパー】の例: 2階の端にある「衣料品コーナー」や「日用雑貨」。ユニクロやダイソーに完全に負けており、スペース(資源)の無駄遣いになっています。
【コンビニ】の例: 「雑誌・マンガコーナー」や「CD・DVDの販売」。スマホの普及で売れないため、ここの棚(スペースという資源)を削って、スターである「イートイン」や「コーヒー」のスペースに作り変えます。
「経営資源を適切に配分する」ことの重要性
現場でこれが失敗する最大の理由は、「負け犬」から資源を剥がせないことにあります。「昔からある衣料品コーナーだから(しがらみ)」「雑誌を楽しみにしているおじいちゃんがいるから(情)」と、撤退の決断を先送りにしてしまう。その結果、本当に勝負すべき「問題児」や「スター」にヒト・モノ・カネが回らず、すべてが中途半端になります。
ステップ⑤ 配分された経営資源を事業ごとに展開し、経営資源を拡大する
【量的拡大】規模を大きくする
- カネ・モノ: 新店舗の出店、既存店の売り場拡大・改装
- ヒト: 正社員やパート・アルバイトの新規採用と人員増強
【質的拡大】見えない強さを磨く
- ヒト: 陳列・発注技術のマニュアル化、接客レベルの向上、店長育成
- 情報: POSデータやアプリ購買履歴の蓄積と、精度の高い特売企画への活用
- モノ: 販売力向上に伴う仕入れ交渉力の強化、独自商品(PB)の開発
■ 成長のスパイラル(①〜④への循環)
このステップ⑤で大きく育った「潤沢な資金・優秀なスタッフ・蓄積されたデータ・強い商品力」を新たな武器として持ち、再びステップ①(次なる戦略目標の設定)へ戻ります。現場の経験と利益を次の成長の原資に変え、このサイクルを回し続けることで、企業としての圧倒的な競争力が作られます。
出典:笠原 英一著 「経営学のことが面白いほどわかる本」中経出版 2004

Recipe #27 まとめに代えて
個人的には、ステップ④が1番大切だと思っています。
なぜなら、経営資源の適切な配分とは、要するに「選択と集中」のことだからです。「うちの会社はカネもヒトも限られているんだから、勝てない場所からはさっさと撤退して、勝てる場所で戦おう」。これが鉄則です。
よく「戦略とは、戦いを略すこと」と言われますよね。あれもこれもと手を出して疲弊するのではなく、やらないことを決めて無駄な戦いを省く。この決断ができるかどうかが、戦略の成否を分けるいちばんの鍵になります。

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